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世界に醤油を広げた『コンプラ瓶』
皆さんは、『コンプラ瓶』という世界に醤油を広げた瓶をご存知でしょうか?

長崎だけが、外国に開かれていた「鎖国」時代。出島から外出できないオランダ人らを相手に、様々な日用品を売る「コンプラ商人」と呼ばれる日本の商人たちがいました。
コンプラ商人たちは、やがて日本の醤油や酒を海外へ輸出するようになります。その際、使われるようになったのが、この『コンプラ瓶』。

一方、1858年の開国後、鹿児島でも島津斉彬がこの醤油輸出事業に便乗します。現在、鹿児島歴史資料センター黎明館には、JAPANSCHZOYA(ヤパンセ・ソヤ―日本の醤油)と書かれた輸出用のコンプラ瓶が所蔵されています。
キンコー醤油にある、コンプラ瓶@
キンコー醤油にある、コンプラ瓶A
薩摩方言がSOYSAUCEの語源に!?
さて、黎明館にある、そのコンプラ瓶の説明にはこう書かれてあります。

「薩摩方言が英語の語源に」
島津斉彬は貿易品としての重要性から、陶磁器の製造に力を注ぎました。集成館内に磯窯を開き、釉薬(うわぐすり)・顔料の研究や、洋式の磁器の試作をしました。
この薩摩焼の瓶は、ヨーロッパへの醤油の輸出用につくられたもので、オランダ文字で「JAPANSCHZOYA」(日本の醤油)と書いてあります。
このときの醤油の輸出により、薩摩方言で醤油のことを表す「ソイ」が、英語の「SOYSAUCE」(ソイソース:醤油のこと)になったといわれています。
(鹿児島歴史資料センター黎明館より)

また、もう一つの説には、醤油の原料である大豆(英語で「ソイ」)から、「SOYSAUCE」という言葉が生まれたともいわれています。
パリ万博から140年
薩摩焼パリ伝統美展実行委員会パンフレットから引用
フランス国立陶磁器美術館(セーブル美術館)
さてここからは余談になりますが、1867年、開国から9年後―
フランスで第二回パリ万博博覧会が行われました。

この際、薩摩藩は藩単独で数々の郷土特産物を出品しています。
出品物は、薩摩の産物の薩摩焼・漆器・扇、琉球の産物など百種を超える、約400箱。
当時からすると、ものすごいことですよね。


今年2007年は、そのパリ万博から数えてちょうど140年目。この記念すべき年に、パリのフランス国立陶磁器美術館(セーブル美術館)で「薩摩焼パリ伝統美展『世界のSATUMA』」(仮称)が開催されるそうです。
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